そもそも、何だそれは

 私が彼のアパートでトイレを借りた時、様式便座の排水溝の奥から髪の毛らしき物が見えた事があった。黒くて長い、明らかに抜け毛とは一線を画する量の髪の毛が、だ。
 怪奇現象は初めてであったが、当時の私は何を考えていたのかそのまま小用をたしてから彼にその事を問いただした。(今思うと自分の正気を疑うような状況はきちんと写真などにとって保存しておくべきだと思う。信じられない事態というのは往々にして錯覚として片付けられてしまうからだ)
 しかし、彼はそれを錯覚だと思ったらしく「きっと、トイレの精だよ」とほざいてくれやがったんですよ、ええ。少々感情的になってしまったが、結局現在に至るまでその正体はわからずじまいだ。
 あれは髪の毛だったのか、他の何かだったのか。
 いまでも時々「トイレの精」は話題に上る。私が彼の狭いアパートの部屋であやまってテーブルなどにぶつかってしまうと、彼は「トイレの精が二人の時間を邪魔されて怒っているんだよ」とか危ない事をいうのである。
 彼とは親しい間柄で、よく彼のアパートに飲み物を買ってお邪魔する。
 そんな時、私は思うのだ。