妄想

 今、彼の部屋には、彼のほかに本当に誰もいないといいきれるのか?もしかしたら彼の言う「トイレの精」(一応髪が長いというので女性という事になっている)が彼を後からこっそり覗いているのかもしれないじゃないか。彼の姿は部屋には無く、部屋にはなぜかびしょ濡れの女性が立っているかもしれない。右手に切り取った髪を握り締め、左手で鋏を持った女性がいるかもしれないじゃないか。
 きっと、体はピクリとも動かないのに首だけが痙攣し始めたりして、私はあまりの異常さに後ずさりしている最中に、脚をもつれさせて転んでしまうわけだ。すると彼女は焦点の合っていない瞳で私の方を見て、ずんずんと近寄ってきて、恐怖に竦む私を無視して、彼女はトイレに戻っていき――――暫くした後、トイレをの扉を恐る恐る開くと、その中には誰もいなくて、彼の姿もその後見ることは無くなってしまう……。
 彼が消えた後のゴタゴタが全て解決して何ヶ月か後に、私がふと彼の住んでいたアパートの前を通りかかると、彼のいた部屋に新しい入居者が荷物を運びこんでいる様子を見かける。私は無言で電線と壁に囲まれた空を見上げ――そこでおもむろにエンディングロールが流れ始める。
 何も解決しない物語。何があったのかがわからない物語。

 とまあ、今日はそんな話を彼とした。講義をばっちりさぼってね。
 2004年11月16日 火曜日 誕生日プレゼントのCDをパソコンにコピーしながら。
                                    虫食いパン