美味しいか否かは問題になるのか

 否定されるかもしれませんが、人は同じ種族である「人間」を食べるという習慣があります。無論、食料に困った時や、宗教的な意味などがある場合がほとんどですが。
 青森県津軽南部藩の記録によると、青森の漁村では人を食べたようです。
 飢饉の様子を記録するために領内を回ったというその記録の中では、子供の死体をまるで魚のように天日干ししていた*1ようで、そんな凄惨な状況で村の人に話を聞かなくてはならなかった彼は悲惨としかいいようがないです。当然彼は食事を断りました。
 曰く
「人を食った村人の目は落ち窪み、その中は獣のようにぎらぎらと血走っていた」
 だそうですけど、それは恐らく栄養不足による目の充血でしょう。ビタミンが足りないが為に健康状態はレッドゾーンをミミズのように這いずっていたはずです。むしろ飢饉の中血走っていないその侍の方が問題となるでしょうに。
閑話休題
 美味しさは、やはり問題だと思うのですよ私は。
 少なくとも人を殺してその肉を商品として売るケースは世界各地にあり、世界大戦の影響ですさんでしまった国ではたいてい「人肉で一儲け」という困った商売をする犯罪者がいるという事を殺人王で知りました。日本でも人の死体を売って商売する話はあるはずです。(Gen of Bare footとかは髑髏なので除外)
 ここで注目すべきは、発見したから捕まったケースが多く、味で分かる事は多くはないことでしょう。少なくとも殺人王で紹介されている「人肉商売」話の中で
「あれ、この肉味がおかしくないか?」
 で発覚するケースは今の所よんでいません。最後まで読んでないのではっきりとはいえませんが、そういう意味では味は重要なファクターとなりうるでしょう。
「人は雑食だから肉がまずい」
 などという人もいますが、それならばなぜ味でばれないのでしょう?人の舌は同族の肉を拒否しないのでしょうか?

*1:個人的には、いくら飢饉でも漁業と農業が両方不作になるとは思えないので、海豹とかそんな感じの海産物だと思いたい。